日本のお金の歴史。「貯金が正義」はなぜ生まれたのか。
序章 — 0-3
日本のお金の歴史。
「貯金が正義」は
なぜ生まれたのか。
前の記事で「長期・分散・積立が有効」と言いました。でも、なぜそれが有効なのかを本当に理解するには、お金の世界で何が起きてきたかを知る必要があります。まず日本の話から始めます。
なぜ日本人は長い間「貯金が正義」だと思ってきたのか。なぜ今それが通用しにくくなったのか。この流れを知ると、「投資って怖い」という感覚がどこから来たのか、そして今なぜ投資を考える必要があるのかが、ずっと腹落ちします。
歴史といっても難しく構えなくて大丈夫です。時代を順番に辿るだけで、かなりすっきり見えてきます。
1.「投資しないとまずい」という空気について
少し不思議だと思いませんか。今の日本では「投資していないのは危ない」という空気があります。でも一方で、親世代や祖父母世代からは「株なんて危ない」「ちゃんと貯金しなさい」と言われたりもする。
「投資していないなんてやばい」「NISAやってない人は損してる」。そんな言葉をSNSで見かけることが増えました。その空気、ちょっとおかしいと思っています。
本来、ただ働いて、ただ貯めて、普通に豊かに生きられる社会が正しい姿のはずです。投資を知らないと損をする、なんて社会は構造としておかしい。でも現実として、今の日本はそうも言っていられない状況になってきている。
ではなぜ今、そういう時代になったのか。その答えは、日本という国の歴史の中にあります。
2. なぜ「貯金が正義」だったのか
これは単純に「昔の人は金融知識がなかった」という話ではありません。その時代には、その時代なりの合理性がありました。
昔の日本では、銀行に預けておくだけでも、お金は今よりずっと増えやすかった。給料も上がっていく。物価も比較的安定している。つまり、「貯金中心」で大きな問題が起きにくい時代が、確かに長く存在していたのです。
だから「貯金が正義」という感覚には、ちゃんとした時代背景があった。問題は、時代が変わっても考え方がアップデートされなかったことです。その経緯を、順番に見ていきましょう。
3. 日本のお金の歴史を辿る
戦争で焼け野原になった日本は、猛烈な勢いで復興を始めます。会社が生まれ、工場が動き始め、人々は必死に働いた。この時代の合言葉は「節約と貯蓄」でした。
国も銀行預金を強く奨励しました。なぜか。集めたお金を企業の成長に回す仕組みを作るためです。みんなが銀行にお金を預ける→銀行が企業に貸し出す→企業が成長する→雇用が増えて給料が上がる→またみんなが貯金できる。この循環が、戦後日本の経済成長を支えていました。
貯金することが、そのまま国の復興に貢献することだった。だから「貯金は美徳」という感覚は、この時代に深く根付いたのです。
日本は「昨日より今日、今日より明日が豊かになる」という感覚が本当に存在した時代を迎えます。会社は成長する。給料も上がる。人口も増える。テレビ、洗濯機、冷蔵庫。次々と新しいものが生活に入ってきた時代です。
この時代、「会社」はかなり強い存在でした。新卒で会社に入り、長く働き、年功序列で給料が上がり、退職金をもらって老後を迎える。この「終身雇用モデル」が多くの人の人生設計の基本でした。
もちろん現実には大変なこともたくさんあったと思います。ただ少なくとも、「真面目に働いていれば、人生が大きく崩れにくい」という安心感は、今よりずっと強かった。老後の心配も、今ほど切実ではなかった。会社が守ってくれる、国が守ってくれるという感覚があった時代です。
だから当時は、無理に投資でお金を増やそうとしなくてもよかった。むしろ、危ないことをせず堅実に貯金する方が「ちゃんとしている」感覚だったのです。
そして、学校でも「お金の増やし方」は教えませんでした。小学校の算数で習うのは「おつりの計算」。中学では「方程式」。高校では「微分積分」。でも「お金を働かせる仕組み」は、どこにも出てこない。学校で教えない、親も詳しくない、テレビは「投資で損した人」のニュースを流す。そういう環境で育てば、お金に対してネガティブなイメージを持つのは当然です。
日本経済は頂点を迎えます。土地の値段は上がり続け、株価は右肩上がり。「土地を持っていれば必ず得をする」という空気が日本全体を覆っていた時代です。
この時代がどれほど異常だったかは、数字を見るとわかります。東京23区の地価の合計がアメリカ全土を超えるほどになったとも言われます。日本の小さな都市部の土地が、アメリカ全土より高い。今考えると明らかにおかしいですが、当時は「そういうものだ」と多くの人が信じていた。
当時の世界時価総額ランキングには日本企業が大量に並んでいました。ソニー、トヨタ、パナソニック。「これからは日本の時代だ」と本気で言われていた。
なぜそんなことが起きたのか。簡単に言うと、「みんなが買うから上がる、上がるからみんなが買う」という連鎖が起きたからです。値上がりを期待して土地や株を買う人が増える→値段が上がる→「やっぱり上がった、もっと買おう」→さらに値段が上がる。この繰り返しが、泡を膨らませ続けました。でも、実態のない値上がりはいつか終わります。
1990年、日本政府は過熱した不動産取引を抑えるための政策を打ちました。お金を借りにくくして、土地の購入を難しくしようとした。それがきっかけで、泡がはじけました。
1989年末に38,915円の史上最高値をつけた日経平均株価は、翌年から急落。約1年で半分以下になりました。土地の値段も下がり続け、借金をして投資していた人たちが次々と追い詰められた。会社が倒産し、リストラが相次ぎ、「投資で人生が狂う」という実例が日本中に広がりました。
昨日まで「土地は絶対上がる」と言っていた人が、
翌年には借金を抱えて途方に暮れている。
「投資をしなければよかった」
「株は怖い」
「やっぱり貯金が一番だ」
この時代の記憶が、今の親世代・祖父母世代の
お金観を深く形作っています。
「投資はギャンブル」というイメージの正体は、ここにあります。間違った考え方ではなく、実際にそういうことが起きた時代があったのです。
あなたのご両親や祖父母は、このバブルの時代をどう生きていたでしょうか。「投資は怖い」「株はギャンブルだ」と言われた経験はありませんか。その言葉の背景に、こういう歴史があったのです。
ただし、バブル崩壊の本当の教訓は「投資はするな」ではありません。「根拠のない熱狂に乗るな」「借金をして投資するな」「一つのものに全部を賭けるな」。これがバブルから学べることです。この違いは、後の章でちゃんと説明します。
バブル崩壊後の長い不況の中で、日本銀行は銀行の金利をどんどん下げていきました。景気を刺激するためです。お金を借りやすくして、企業が投資しやすくする。でもその結果、銀行に預けても増えない時代が始まりました。
同時に、物価もほとんど上がらない「デフレ」と呼ばれる状態が長く続きます。物価が上がらないなら、今のお金の価値はそのまま維持される。だから「現金で持っていても損はしない」という感覚が広がりました。
この時代を「失われた10年」、のちに「失われた30年」と呼ぶようになりました。給料も上がらない。物価も動かない。会社も成長しない。バブルの前に当たり前だった「昨日より今日が豊かになる」という感覚が、静かに消えていった時代です。
日本がこの長い停滞の中にいた間、世界では全く違うことが起きていました。
インターネットが生まれ、検索エンジンが普及し、スマートフォンが世界を変えた。オンラインで買い物ができるようになり、SNSが人々をつなぎ、クラウドが企業のあり方を変えた。その巨大な波の中心にいたのは、日本ではありませんでした。
1990年代、日本がバブル崩壊の後遺症に苦しんでいたちょうどその頃、アメリカでは一つの革命が始まっていたのです。その革命が、今の「世界中のお金がアメリカに集まる」という構造を作り上げました。
なぜ今、「とりあえずS&P500」「迷ったらオルカン」と言われるのか。日本はどこへいったのか。次の記事では、アメリカ側の歴史を辿ります。
4. 時代の前提が、静かに変わった
ここまで見てきた流れを整理すると、こうなります。
→ 貯金+終身雇用で十分だった。合理的な選択だった。
バブル崩壊(1990年〜)
→ 投資への恐怖が植え付けられた。「株は怖い」が常識になった。
超低金利・デフレ時代
→ 投資しなくても現金の価値は保たれた。だから動かなかった。
現在
→ 物価が上がり始め、現金の価値が削られ始めた。前提が変わった。
昔は「置いているだけで安全だった」お金が、今は「置いているだけで実質的に目減りしやすい」状態になってきた。ここがかなり大きい。
つまり今の日本は、単純に「投資ブームが来ている」のではありません。「貯金だけでなんとかなった時代の前提」が、少しずつ崩れてきている。国がNISAを強く推進し始めたのも、こうした流れと無関係ではありません。
もちろん、国が投資を推奨しているからといって必ず儲かるという意味ではありません。投資にはリスクがあります。でも、それでもなお国がここまで制度を整えた背景には、「昔ほど、貯金だけでは支えきれなくなってきている」という現実があります。年金問題も、少子高齢化も、その一つです。